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「世界の複数性について」と「偶然の統計学」ーーかくもいかようにも世界は捉えられる。

今日は幾つかの齧った本のメモ。

 

世界の複数性について

世界の複数性について

 

 

 

様相実在論を擁護する哲学の本。

簡単に言うと、所謂パラレルワールドや平行世界的なものを真面目に考えみたよ、てな感じである。違うかw 勿論全部読んではいない。でも実際に考えてるのではなく、哲学的な意味で考えてるのだと思う。(実際に考えてるのは量子力学のほう)

本書のどこを読んでも〈あなたは私が支持する立場を受け入れなければならないーなぜなら代わりとなる立場はひとつもないからだ〉という論証は見出せないだろう。私の考えでは、哲学者がこうした論証を提示しようとして上手くいったためしはこれまでほとんどなかったし、そうした論証が必要だと考える哲学者はそもそも思い違いをしている。もちろん私も、自分の立場がそれと匹敵する代案のいくつかよりも優れているというための理由を与える。だがそうした理由が決定的だとは思わない。検討すべき代替案を私が見落としていることもありうるし、私の立場からかなり隔たった代替案にいたってはそもそも論じることすらしなかった。たとえば、可能性に対する量化をまったく認めない強硬路線の現実主義に対しては、反論をひとつも提示していない。私がこの見解を支持しない理由を推察することはたやすいだろうし、この見解に反論するために私が言うべきことのうちには、新しいことは何もなく、決定的なものも何もない。それゆえ、それを論じたところで、何の足しにもならないだろう。

 

このルイスさんの書いた他の本のタイトルも気になる。

「フィクションの真理」「たくさん、だけど、ほとんど一つ」とくに後者。

 

 

 

偶然の統計学

 

 

「偶然」の統計学

「偶然」の統計学

 

 

 

ロトで連続大当たり、2回連続で雷に打たれる。3大会連続でホールインワン。10万年に1度しかないはずの金融危機が起こる。暗殺の夢をみたあとに殺されたリンカーンシンクロニシティ、引き寄せ、銀河や惑星がなぜこういう位置にあるのか、なぜ人類が誕生できたか、同じ家に6個も続けて(3年間ぐらいで)隕石が落ちてきた、とか。

いろいろなありえないことの背後に、この統計学の大家ハンドさんは、「ありえなさの原理」という法則を見いだした。と言われるとなんかワクワクするが、しかしそこは統計学の話。実際は「強硬路線の現実主義者」である。

 

ボレルの法則ー  十分に起こりそうにない出来事は起こりえない。

 

ボレルの法則によれば、(十分に)起こりそうにない出来事はとにかく起こらないと思うべきだ。なのに、そんな出来事が現に起こったところが何度も目撃されてきたーその理由はありえなさの原理が教えてくれる。私たちがそうした物事を目にするのは、何かが必ず起こるはずであること(不可避の法則)、かなり多くの可能性が調べ上げられていること(超大数の法則)、目を向ける先が事後に選ばれていること(選択の法則)、といったありえなさの原理のより糸を私たちが考え合わせていないからである。ありえなさの原理に言わせれば、私たちが到底起こりそうにないと見なす出来事が起こるのは、私たちが理解を誤っているからだ。どこを誤ったかがわかれば、起こりそうにないと見なしていた物事も起こりそうなことになる。

 

でもそんなこと言うなよ感もあって、夢がないよねーって気分になる。むしろここに披露されている不思議な話自体が面白かったし、あと統計学の大家がサイコロの膨大なコレクションを持ってるというところも気になった。統計学はやはり萎えるな。

何処にあったか忘れたけど、NASAが任務を終えた人工衛星が地球に落ちてくると発表して、でもあまりにも加味する変数が多すぎのでどこに落ちるのかはわかりませんが、落ちるのは確かですと言ってたと、この本に書かれてて、ハンドさんは言いたいのはそういう事だと言ってて、よーするに変数が全部わかればいいんだよと。

んなこと言われてもなと思う。

 

それぞれの人のなかで、ほんとうに自分が思っている風に、思いたいと思う風に世界というのは見えているんだなーと思う。

ということは客観的な現実っていうのはほんとに存在してるのかね。

 とかいってると永井さんの本を思い出すな。

存在と時間 ――哲学探究1

存在と時間 ――哲学探究1